フライフィッシングの力
2016年4月1日更新
年があけ、あっという間に春。日本は桜の開花のもと渓流釣りを楽しむという時期でしょうか。ここモンタナはまだまだ寒い日が続いているものの太陽の光が少しずつ強くなってきているような気がします。昨年同様、年末までは雪も多く低温が続いたので積雪量も平年並みだったのが、2月も記録的に気温が高い日があったので雪がどんどんとけて少しこの夏が心配になってきました。マジソン川ギャラティン川周辺の積雪は100%をきっている様ですし、ボーズマンの周りの山々の雪がやけに少ない感じがします。夏までに湿った雪がふることを祈らずにはいられません。
フライフィッシングというのは魚を釣るというだけではなく、たくさんの楽しみがあるのはだれもが承知していて、だからこそみんな長くこの釣りを続けているのだと思います。その楽しみの一つがフライフィッシングを通して世界中に知り合いができること。心しれた友達ができたり、アカデミー賞の授賞式をテレビで見ていたら最優秀作品賞の映画で世界中に名の知られた俳優さんたちが壇上にあがられましたが、その中のお一人が夫のお店によくいらっしゃる方だったり。。。フライフィッシングをしていなければこんなに多くの人たちと知り合いになることもなかったでしょう。
昨年のクリスマスに日本のフィッシング仲間から大きな小包が届きました。私とそのフィッシング仲間たちの共通のアメリカの友達 Dさんのガールフレンドが重い病気にかかってしまい、彼女とDさんを励まそうと彼らの心のこもったクリスマスプレゼントです。国際小包は普通配達でさえ最近は高いのですが、なんとかクリスマスに間に合わせようと速達で送ってくださいましたので、クリスマスの前日に夫のお店に取りに来ていただくことにしました。お店はクリスマスの最後のプレゼントを買いに来たお客さんたちでにぎわっていたそうですが、Dさんが来て小包を開け中身を取り出したとたん、お店にいた人たちは一瞬感動のあまり静まり返ったそうです。ガールフレンドのために作られたランディングネットと素敵な色のロッドにこめられた遠い遠い国からの暖かい気持ち。夫は思わず涙がでそうになったといっていました。 実はその小包の中に、私にもクリスマスプレゼントとしてもう一本のロッドが入っていました。モンタナに釣りにいらっしゃったときにお会いするぐらいで普段はご無沙汰ばかりなのにと大変恐縮するとともに暖かいお気持ちに感謝の気持ちでいっぱいになりました。
昨年12月は寒い日が続きクリスマス前後も華氏0度近い気温でしたが、4番8フィート3インチのロッドはパラダイスバレーのスプリングクリークにはもってこいのロッド。早速デピューズスプリングクリークに予約の電話を入れると、「この寒いのに釣りに来るなんてあなたたちだけよ」と笑われてしまいましたが、デピューズスプリングクリークのベッティーおばあちゃんにホリデイシーズンのご挨拶をしたいのもあって行くことに決定。魚が釣れる釣れないなど関係なくて、日本からの暖かい心のこもったロッドの初振りはモンタナで一番美しいクリークが一番ふさわしいと思ったからです。
クリスマスの翌日は快晴。リビングストン特有の強風もおさまっていましたが、気温は華氏2度(摂氏―16度ほど)と寒くて寒くて凍えてしまいます。受付の入り口が正面から土間に代わってもしかしたらベッティおばあちゃんが釣り人を出迎えやすいようになさったのかしら。。。とちょっと心配にもなりましたが、ベッティおばあちゃんは相変わらず暖かく出迎えてくださいました。
あまりにも寒くてウェーダーを履く気にもならず竿をふるのは次回にお預けかなとほぼあきらめ、下流部のエバ ハット(小さなキャビン)でストーブに火をいれ暖をとることにしました。紅茶とクッキーを口にしながら窓から外をみつめていると対岸に一匹の鹿が見えました。寒さでふもとの牧場の干草を食べにきたのでしょうが、なんとなく鹿が「ここに魚がいるよ」といっているように思えて夫の顔をみると彼もまた「鹿が魚の居場所を教えてくれているような気がするんだけど。」というのです。
魚を釣ることより、せっかくクリスマスに間に合わせて竿を国際速達で送ってくださった日本の友とアメリカで重い病気と戦っている友への気持ちをこめて、寒いけれど10分だけこの竿を振ってみようと気持ちが奮い起こされました。急いでウェーダーを履き、鹿が居た場所に行くとちょうど流れがいい感じのカーブを描いていますので早速フライをキャストしてみました。一投目はラインの振り出し、二投目は距離の確認。スローアクションで心地よいキャストができるなあと感じながら三投目はちょっと本気。と思ったら、魚が釣れてしまったのです。ロッドが半月を描いて魚が思いのほか大きいのがわかりましたが、こんなにすぐに釣れるとは思っていなかった私はなかなか魚を寄せることができず、魚が下流に走り出したので4番のロッドは折れたらどうしようなどと思うくらいますます曲がり続けます。やっとのことで魚を寄せてみると美しいひれと体高のある18インチほどの虹鱒でした。この日は氷点下ですので魚を水からあげるとえらがあっという間に凍ってしまうので水からあげないようにしましたが、おかげで水にぬれた私の手はあっという間にかじかんでもう竿をにぎることもできずすぐにエバハットに退却。手を薪ストーブで暖めながら、釣り始めてあっという間に美しい魚が釣れたことや鹿が魚の居場所をおしえてくれたこと、もっとも美しい場所で日本からの暖かな気持ちを確認できたことなどクリスマスにふさわしい体験ができたことを感謝しながら、友達のガールフレンドの病気も絶対よくなりますようにと大自然の力にお祈りをしました。
3月も終わりに近づいた昨日もデピューズスプリングクリークに出かけました。クリークでは虹鱒たちが産卵のために忙しそうに準備をしていますし、ところどころ川底には産卵床の砂利がいくつも見られます。新しい生命がこの場所で生まれ、大河であるイエローストーンリバーに下っていきます。20インチ以上の魚に成長するまでにはさまざまな外敵や厳しい自然を乗り越えて生き抜いてきたのです。昔は大きな魚を釣れるようになって魚を水からあげて魚の体を握り締めて写真を撮り、自分は釣りがうまいと自分を過信していたこともありましたが、モンタナの大自然の中にいると魚の大きさよりも魚が釣れる環境と大きく育った魚への畏敬の念を感じずにはいられません。
大きな魚を釣なくて一番になれない私のような劣等生にもフライフィッシングは素敵で大事な体験をさせてくれるなあとスマップの「世界でひとつだけの花」という歌詞を口ずさみながら日本から贈られてきたあの心のこもった竿を振る今日この頃です。